比較ガイド

小規模企業のITツールの選び方|増やす前に決めること

ITツールは機能を比べる前に、解決する業務・運用担当・やめる条件の3つを決めると候補が絞れます。分野ごとの優先順位、契約前に読む4つの条項、無料プランで確かめられる範囲、導入後の効果の見方までを手順にしました。

公開 更新 カテゴリ ツールの選び方 読了目安 約11分

この記事の適用範囲

対象
業務効率化のためにITツールの導入を検討している小規模事業者
読了後の状態
導入判断の基準を持ち、必要なものだけを選べる状態
当サイトはアフィリエイト広告を利用しています。 広告掲載ポリシー

「請求書まわりに毎月2日かかっている」と感じてツールを探し始めると、候補は半日で10個以上見つかります。機能一覧を比べているうちにどれも同じことが書いてあるように見えてきて、比較表を作りかけたまま数週間が過ぎる。小規模の会社でよく起きる止まり方です。

止まるのは、比べ方が下手だからではありません。比較の前に決めるべきことが決まっていないため、どの機能に丸を付ければよいかの根拠がない状態です。機能の差は、判断軸を持っている人にとってだけ意味を持ちます。

同時に、別の問題も進行しています。すでに契約しているサービスが、全体像を誰も把握しないまま増えている状態です。契約が5つを超えたあたりから、更新日とアカウントの管理そのものが業務になります。

ここでは分野を問わず使える選定の手順を扱います。会計でも契約でも労務でも情報共有でも、決める順番は同じです。

いま何に月額を払っているかを数えるところから始める

増やすかどうかの判断は、動いているものが見えていないとできません。最初にやるのは棚卸しです。

法人口座とカードの明細を12か月分さかのぼり、毎月または毎年引き落とされているサービスを抜き出します。年払いのものは1年分見ないと出てきません。抜き出したら、次の3列で書き出します。

  • 何をするためのものか(サービス名ではなく、社内での用途で書く)
  • 実際に使っている人は誰か(契約時の想定ではなく、直近1か月で開いた人)
  • 止めたら誰が困るか

書き出すと、たいてい3種類のものが出てきます。使っていないのに払っているもの、機能が重複しているもの、そして代表者の個人カードや個人メールアドレスで契約されているものです。

「止めても誰も困らない」ものが見つかったら、新しい検討に入る前に止めてください。目的は費用の削減ではなく、管理対象の数を減らすことです。契約が1つあると、更新日の把握、アカウントの発行と削除、退職時の権限剥奪、支払い方法の更新が発生し続けます。ツールの本当のコストは月額ではなく、この管理の手数です。

個人名義の契約が見つかった場合は、名義の付け替えを先に済ませます。法人としての最小構成をどう組むかは、ひとり法人に本当に必要なITツールで扱っています。

選ぶ前に決める3点は、解決する業務・運用担当・やめる条件

候補を並べる前に、この3つを文章にします。3つとも書けないうちは、比較を始めても結論が出ません。

解決する業務は、作業の名前まで下ろす

「経理を効率化したい」では選べません。「毎月5営業日にかかっている、通帳の入出金明細を会計データへ転記する作業」まで下ろします。ここまで下ろすと、必要な機能は2つか3つに絞られ、それ以外の機能差は判断に影響しなくなります。

下ろせない場合、その業務はまだ問題として認識されていません。誰かが不便を感じてはいるが、どの工程で何分止まっているかを誰も見ていない状態です。ここで導入すると、効果を確認する基準も作れません。

運用担当は、導入担当と分けて決める

導入は誰でもできます。続くのは運用のほうです。運用担当が引き受けるのは、アカウントの発行と削除、マスタ(取引先・従業員・勘定科目など)の更新、社内からの質問の一次受け、サービス側の仕様変更の確認の4つです。

兼務で構いませんが、名前を1人に決めます。「全員で使う」は担当を決めていないのと同じです。この4つを引き受ける人が決まらないなら、導入は延期したほうが結果的に安くつきます。

やめる条件を、始める前に文章にしておく

たとえば「3回目の月次締めの時点で、Excelの控えを併用していたら解約する」のように書きます。

先に書く理由は、導入後の判断が支払った金額に引きずられるからです。払った額とこれから発生する手間に関係はありませんが、判断する側はそれを切り離せません。始める前に書いた条件だけが後から効きます。

定着しないツールに共通する構造そのものは、ITツールの導入で失敗する会社に共通することで扱っています。ここでは選ぶ側で先に決めておく項目に絞ります。

分野の優先順位は「遅らせたときに何が起きるか」で決める

会計、契約、労務、情報共有。どれも手をつけたい状態のとき、順番は使いやすさや価格ではなく、遅らせたときに何が起きるかで決めます。

会計・記帳 契約 労務・勤怠 情報共有
遅らせると起きること 決算期に負荷が集中する。過年度分の修正は工数が跳ね上がる 押印・郵送・保管が続き、相手の待ち時間が発生する 締め日ごとに集計の手作業が残る。人数が増えるほど比例して増える 情報が個人のPCとメールに滞留し、担当者以外が探せない
社内だけで決められるか 顧問税理士が対応できる形式かに依存する 取引先が受け入れるかに依存する ほぼ社内で決められる 社内で決められる
導入の重さ 年度の区切りに合わせないと二重管理になる 相手ごとに運用が分かれる期間が生じる 就業規則・給与計算との整合を確認する必要がある 導入は軽いが、定着しないまま形骸化しやすい
乗り換えのしやすさ 過去データの持ち出し形式が最大の難所 締結済み文書の保管場所を移せるかが問題になる 過去の打刻・申請履歴の扱いを決める必要がある 移しやすいが、会話の履歴は分断される

目安は、後から遡って直すコストが高い分野を先に、ということです。会計と労務は放置した期間の分だけ後の作業が増えます。情報共有は不便さが日々目に見えるため優先したくなりますが、遅らせても取り返せる性質のものです。

例外は2つあります。1つは、取引先から電子での契約締結を求められている場合です。相手都合で発生する要求は自社の準備状況と無関係に期限が来るため、契約が最優先になります。もう1つは、雇用形態が混ざり始めた会社です。正社員だけの時期は表計算でも回りますが、時給と月給、シフトと固定勤務が同時に走ると集計の例外処理が急に増えます。

会計ソフトを絞り込む段階ならクラウド会計ソフトを選ぶときの判断基準を、勤怠の移行時期を決めたいなら勤怠管理を紙やExcelから移行すべきタイミングを参照してください。

増やし方には4つの型があり、後から効いてくる差が違う

分野が決まったら、増やし方の型を選びます。同じ業務でも、次の4通りで結果が変わります。

単機能を組み合わせる 一体型でまとめる 既存ソフトの追加機能で足す 増やさず手順を変える
選定にかかる手間 分野ごとに毎回発生する 最初に大きく1回だけ 短い。既存の契約の枠内で検討できる 契約の検討は不要だが、業務の設計に時間が要る
費用の増え方 契約数の分だけ積み上がる 利用人数に連動して上がりやすい 追加分のみ。ただし本体の料金体系に縛られる 増えない
データの持ち出し 形式がばらばらで、つなぎ直しの手間が残る まとめて出せることが多いが、出した先で使えるかは別問題 本体を乗り換えると一緒に失う 手元にある
担当者が抜けたとき 契約先ごとに引き継ぎが要る 管理画面が1つで済む 本体の管理者に集約される 手順書がなければ再現できない
向く状況 困っている業務が1つに特定できている 分野をまたいで同じ従業員情報・取引先情報を使う 本体には満足していて、不満が周辺の作業にある 発生頻度が低い、または例外が多くて標準化できない業務

小規模の会社では、左端の「単機能を組み合わせる」から入るのが自然な流れになります。1つの業務だけで判断できて始めやすいからです。問題が出るのは3つ目を超えたあたりで、同じ従業員情報や取引先情報を別々の画面に手で入力する状態になります。一体型の検討が現実味を帯びるのはこの時点ですが、すでに各サービスにデータが溜まっており、移行の手間は増えています。

右端の「増やさず手順を変える」を選択肢に残す意味は小さくありません。月に1回、10分で終わる作業のためにアカウントを増やせば、管理の手数のほうが上回ります。ツールを入れない判断も、選定の結論として正当です。

なお、サーバーやドメインのようなインフラ寄りの契約は、この4類型とは別の基準で選びます。止まったときに誰が困るかから要件を決める話は、法人向けレンタルサーバーの選び方で扱っています。

契約前に読む条項は4つに絞れる

利用規約を全文読むのは現実的ではありません。後になって実際に問題が起きるのは、おおむね次の4か所です。

最低利用期間と、解約の申し出期限

年払いを選ぶと割引が付く代わりに、最低利用期間が設定されていることがあります。見るべきは割引率ではなく、更新の何日前までに申し出る必要があるか、そして途中解約したときに残りの期間の料金が戻るかどうかです。自動更新が既定の場合は、申し出の期限を会社の共有カレンダーに入れます。担当者個人の予定表に入れると、その人が抜けた時点で消えます。

料金改定の扱い

値上げそのものは避けられません。確認するのは、改定の通知がどれくらい前に来るか、契約期間の途中でも適用されるのか、改定に同意しない場合に中途解約できるのかの3点です。小規模の会社では、月額の絶対額よりも、人数が1人増えたときの増え方のほうが効いてきます。

データの持ち出し

「エクスポート可能」という記載だけでは足りません。どの形式で出るのか(表計算で開ける形式か、そのサービスでしか読めない形式か)、添付ファイルや画像も一緒に出るのか、誰がいつ承認したかという履歴が残るのか、解約後どれくらいの期間ダウンロードできるのか。この4点を、申込前に確認します。

契約書や証憑のように保存が必要な書類を扱うツールでは、出力形式が保存の要件を満たすかも見ます。電子帳簿保存法をはじめ保存要件は制度側で決まっているため、内容は所管官庁の公式情報で確認し、サービス側の説明を要件そのものと読み替えないことです。

課金の単位

アカウント単位、利用量単位、機能単位で増え方がまったく違います。アカウント単位の場合に確認するのは、月に数回しか触らない人、顧問税理士や社会保険労務士のような外部の関係者、閲覧しかしない人にも同じ課金が発生するかどうかです。閲覧専用の枠や外部の関係者を無料で招待できる仕組みの有無で、実際に払う額は変わります。

この4点は、見積書ではなく申込画面と規約のページで確認します。口頭の説明は後から条件を主張する根拠になりません。特別な条件を提示されたなら、メールの文面として残してもらってください。

無料プランで確かめられること、確かめられないこと

無料プランや試用期間を使うのは合理的な進め方です。ただし、無料の範囲がどこで切れるかを先に見ます。切れ方は期間・人数・機能・データ量の4通りあり、どれで切れるかで試せる内容が変わります。

期間で切れる場合は、業務の1サイクルが期間内に収まるかを見ます。月次の締め、給与の締め、繁忙期、入社と退職の処理。この1サイクルを回していないものは「使えた」とは言えません。操作が快適だったという感想だけが残ります。

人数で切れる場合は、実際に使う人が全員入れるかを確認します。1人で試すと、たいていのツールは快適に見えます。詰まるのは、入力する人と確認する人が別になったときです。

機能で切れる場合は、解決したい作業が無料の範囲に入っているかを先に確かめます。試した機能は快適だったが本来やりたかった処理は上位プランだった、という順序で気づくと比較のやり直しになります。

データ量で切れる場合は、上限を超えた後にどうなるかを確認します。読み取り専用になるのか、古いものから削除されるのか、新規の追加だけが止まるのか。ここは扱いの差が大きく、業務データを入れた後に知ると対応が難しくなります。

無料のうちに済ませることが1つあります。管理者アカウントを、個人のメールアドレスではなく会社のドメインのアドレスで作ることです。個人アドレスで始めた結果、その人の退職後に管理画面へ入れなくなる状況は、規模が小さいほど起きます。パスワードの保管場所もこの時点で決めます。

効果は削減時間ではなく、なくなった手順で確認する

導入から数か月後に「効率化されましたか」と聞いても、返ってくるのは印象です。削減時間を自己申告で集めても、比較対象の記憶が曖昧なため数字になりません。代わりに、観測できるもので見ます。

  • 旧手順が残っていないか。紙の台帳、Excelの控え、二重入力のどれかが残っているなら置き換えは終わっておらず、手数はむしろ増えています
  • 締めまでの日数。月次を締めるまで、給与を確定するまでの実日数が変わったか
  • 差し戻しと訂正の回数。減っていれば入力の設計が合っています
  • 質問の来かた。担当者に口頭で聞く回数が減り、画面を見れば分かる状態になっているか

確認するタイミングは、1サイクル後と3サイクル後の2回に分けます。1サイクル目に出るのは操作の問題で、3サイクル目に出るのは運用の問題です。1回目だけで判断すると「まだ慣れていないだけ」という結論になり、そのまま検証されなくなります。

3サイクル後の時点で、最初に書いた「やめる条件」に照らします。結論は、続ける・使い方を変える・やめるの3つです。使い方を変える場合は、次にどの状態になれば続けるのかを書いてから延長します。

費用も同じタイミングで見ます。月額に利用人数と12を掛けた年額に、切り替え作業に使った時間を足したものが、実際に払っているコストです。この金額と、なくなった手順を並べたときに説明がつかないなら、やめる判断のほうが妥当です。

次の30日でやること

  1. 明細を12か月分さかのぼり、契約中のサービスを書き出す。名義と支払い方法も一緒に記録する
  2. 止めても誰も困らないものを1つ止める
  3. 解決したい業務を、作業の名前で1つだけ書く。2つ以上書きたくなったら、頻度が高いほうを残す
  4. その業務の運用担当を1人決める。決まらないなら、この時点でいったん止める
  5. やめる条件を1行で書き、日付を入れる
  6. 候補を2つに絞る。3つ以上並べると、比較のための比較が始まって決まらなくなります
  7. 規約の4項目(最低利用期間・料金改定・データの持ち出し・課金の単位)を確認する
  8. 無料の範囲で1サイクル回す

進めていくと止まる場所があります。よくあるのは、代表者だけが検討して現場が知らないまま契約日が来る状況です。運用担当を先に決めるのは、これを避けるためでもあります。

もう1つは、誰も反対しないまま話が進む状況です。反対がないのは合意ではなく、判断材料が共有されていないことのほうが多くあります。手順3で書いた作業名を見せて、その作業をやっている人から「そこは困っていない」と返ってきたら、選定をやり直してください。困っていない業務を対象にしたツールは、価格や機能に関係なく使われません。